千の風にはなるけれど

このお彼岸に、
姉のお墓参りに行ってきた
マユ〜。(@mayuu_pp)です。

わたしは、
お墓とか法事とか、
あんまり意味を見いだせないタイプ。

自分が死んでからも、
お墓なんかに入りたくないし。

でもまあ、両親は熱心なんで、
親孝行と思って付き合ってる感じですね。。。

『千の風になって』じゃないけれど、
お墓には姉はいないと思うんですよ。

姉も、そういう考えの人間だったので、
「自分が死んだらお墓には入れないで、散骨してほしい」
と、生前言っていたんですが。

両親は、どうしてもお墓を建てると言う。

「なにか、手を合わせるものがほしいんだ」

と言われてしまうと、
いくら本人の希望でも
止められませんでしたね。。。

その後、お坊さんが法事の場で、
「葬式や法事は、故人のためにするのではない、
残された者たちのためにするのだ」
と言うのを聞いて、
本当だなと思いましたね。

人は死ねば、即、仏さまになり、
成仏できる、というのが仏教の教え。

即、成仏できるんだから、
お経も葬式も、故人には必要ない。

何もなくても極楽へ行ける。

でも、それだと残された者の気持ちの整理がつかない。

だから、葬儀をして、
お経を聞くのだと。

(まあ、お坊さんによって
多少言うことは変わるかもしれませんが。。。
わたしはこの考え方が一番しっくりきました)

お墓も、故人のためというより、
残された者のためにつくるんでしょうね。

そうだとすれば、うちの両親の願いももっともなわけで。

姉の希望には添えなかったけれど、
これも親孝行と思ってがまんしてね、と
お墓参りに行くたびに手を合わせている次第です。

まあ、お墓があってもなくても
故人には関係ないとすれば、
姉が不満に思うこともないでしょうしね〜。

今は墓地不足で、
何年か参る人がいない墓は
すぐ撤去されてしまうらしいですが、
それでいいと思いますね。

まあ、わたしだって、
手を合わせたいというリクエストがあるなら、
お墓に入るのも吝かではないんですけどw

今の所そういう宛もないのでね〜。
ウチのお墓も遠からず、
そういう運命を辿るんでしょう。

手を合わせる人がいなくなった時が、
お墓の役目が終わったときなんでしょうからね。

そんなことを、考えたお彼岸でした。

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