クリスマスなので『クリスマス・キャロル』を深読みしてみる

クリスマスのムード、
大好きなんですよね。

この日はやっぱり、ディケンズの名作
クリスマス・キャロル』を読んで
より気分を盛り上げたいところ。


(たまたま我が家にある文庫は
花子とアン」の村岡花子さんの訳なんですが、
花子さんも毎年クリスマスには読み返す、と後書きにかいてますよ!)

クリスマス・キャロル』のストーリーは
誰でも一度は聞いたことがあると思いますが、

「ごうつくばりのじいさんが、
クリスマスの精霊に自分のわびしい葬式を見せられて改心する、教訓めいた話でしょ?」
みたいに思っている人もいるんじゃないでしょうか?

でも実際はもっと感動的な、
「クリスマス美しさ」をこれでもか!と
描いた物語なんです!

その良さを全体的に紹介すると長くなるので、
ここではわたしの超個人的な感動ポイントを
紹介したいと思います。

まず、この主人公・スクルージじいさんの所に、
なんで急に「クリスマスの精霊」が来たのか?
というところに注目していただきたい。

これは、元相棒で、先に死んだ
マーレイじいさんの紹介なんですよね。

このマーレイじいさんこそ、
実はこの話の「影の主役」ではないかと
わたしは思っているんですよ。

マーレイじいさんは、スクルージじいさんとよく似ていて、
とにかく貪欲・冷酷、頑固で偏屈なまま死んでいった人。

そんなマーレイじいさん、
今は幽霊となって、生前に作った業である
「自分を縛る鎖」を巻きつけて、
この世をさまよっている訳です。

生きている間に、どうしてもっと
大切なことに気づかなかったのか?と
後悔の旅をし続ける罰を受けているんですね。

でも、そんな中で彼は、
スクルージじいさんのことを思い出したわけですよ。

自分と同じような生き方をしている元相棒が、
このまま同じような最期を遂げて
同じ地獄へくるのは忍びない、と思ったんでしょう。

せめて、スクルージじいさんくらいは
救えないだろうか?
生きてる間に、気づかせてあげられないだろうか?と。

自分は苦しみながらさまよっている
身の上でありながら、
スクルージじいさんという「他人の幸福」を
心の底から祈ったんだと思う。

これはまさに、
「無私の愛、無私の祈り」。

だからこそ、その祈りに
クリスマスの精霊が答えてくれたんではないか?と。

なぜなら、クリスマスというのは
そういう「無私の祈り」を捧げ合う日だからであり、
「無私の愛」を届けるのが
クリスマスプレゼントだから。

だからこそ、イースターでもヴァレンタインでもなく、
「クリスマス」の精霊が来てくれたんではないか?と思うんです。

そして、「人生の改心」という
ものすごいクリスマスプレゼントを
届けに来てくれたんではないか?と。

まあ、本では
「なぜ自分が、スクルージじいさんの所に
亡者の身で現れることができたのか?は
明かせない」
とマーレイじいさん自身が言っているので、
これはあくまでわたしが勝手に行間を読んで
想像しただけの話ですがw
(実際は、なにかもっと大いなる意思が働いた、という設定なのかも)

あの奇跡の一夜はきっと、
マーレイじいさんからの
クリスマスプレゼントだったんだ、と思う!

もちろん、そこまで考えなくても
スクルージじいさんの書記・ボブの家の
貧しいながらも暖かいクリスマスや、
甥のフレッドの明るいクリスマスなどを
見ているだけでも、
「クリスマス素晴らしい!
最高!」
という、すがすがしい気持ちにしてくれる、
さすがの名作です。

そして、今年もわたしは
クリスマス・キャロル」を
読むわけですよ。

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