怖いのは「孤独死」じゃないーーわたしがブログを書く理由

以前、たまたま見てたニュースで
「片づけ業者に密着!」
みたいな特集をやってたんですよね。

遺族の居ないお年寄りが
亡くなった後の片づけなんかを
請け負う業者さんで、

その日も、
遠い親族が一人で亡くなって、
急に後片づけをすることになった男性に依頼されて、
遺品の整理をするところを密着していたんですよ。

わたしも多分「孤独死」と呼ばれるような最期になりそうなので
こういう業者に頼むとどんな感じなのかなー?と
興味津々で見てたんです。

亡くなったのは独り暮らしのおばあさん。

生涯独身で世間との付き合いもなかったらしくて、
いとこの孫とか、それくらいの
遠い親戚である依頼主も、
市から連絡がくるまで
そういう親族がいることも知らなかったとか。

それでもまあ、他に誰もいないのなら、と
片づけ業者を頼んで
一緒に遺品整理をしにやってきた、
その様子を密着取材していたんですが。

片づけの途中で、押し入れから
小さな箱が出て来たんですよね。

開けてみると、そのおばあさんの
若い頃の旅先の写真とか、
古い映画の半券とかが入っていて。。。

思い出の品を入れてた箱だったんです。

それを業者の人とか、依頼主が見て、

「あー、この人にも若い頃とか、
人生があったんですよねー。
どんな人だったのかな?」

なんて言ってるのを聞いたとき。

突然、わたしは恐怖に襲われたんですよ。
もう、骨まで凍るような恐ろしさ。

「ああ、これはわたしだ!」

と、思ったんです。
いや、気が付いたんです。

「わたしもこうなるのかな?」

なんて軽いものじゃなく、

これはわたしの未来だ、と。

もう正に、自分の葬儀を見た
スクルージじいさん(クリスマス・キャロル)の気分。

でもこれは、
「孤独死」が怖くなったわけじゃないんです。

この時感じたのは、なんというか、

死んだときに
自分の「人生や個性」を知っている人が
誰も居ない

というのが
こんなに寂しいものだとは。。。

それまで思ってもみなかったんですよ。

わたしも元引きこもりで
夫子供はもちろん友達も居ないし、

また悪いことに、わたしも小さな箱に
出かけた時の写真とか
思い出の品をしまってるし(笑
(滅多に出かけないから、思い出の品が少ないのよ。ワカルヨゥ)

今わたしが居る人生の道を
このまま進んだら、
死後、業者の人とかに見付けられて

「この人にも、青春とかあったんでしょうねー」

なんて言われちゃうんだ。。。

それは、ツラいなー、と。

だからといって、
一人で歳をとるのが怖いみたいな理由で
頑張って友達を作ったり結婚したりというのは
ちょっと違うよな、とも思う。

ただ、もうちょっと誰かに
「ここに、こういう人間がいるよ!
生きてるよ!」
ということを言っておきたい。

存在を知ってくれている人を増やしたい。

そういう気持ちに、
ブログというのがぴったりだったんですよ。

それまでも、趣味のブログは
いくつかやってたんですが、
もっと自分のことを書いておこう、と
思ったのは
これがきっかけなんです。

名前とか顔とかは、別に
覚えてもらわなくてもいいんですよ。

「こういうようなことを考えている存在」として
認知してもらえば充分で。

それに人間、
どんなに家族が多くても、友達が多くても、
死ぬときは一人。

その後の片づけを誰がやろうと
死んだ後のことなんて関係ないし(笑
あんまり迷惑かけないように
物を溜め込まず、片づけと葬儀の費用くらい
残しておけば良いんじゃないの?

という感じで、
今でも「孤独死」には割と前向きに
向き合っているので。

死んだことに気づかれなくても
別にいいけど、
何かの拍子に
「こんなこと書いてた人がいたな」と
思い出してもらえたらいいなー、
という。

とりあえずこうしてネットに上げておけば、
誰かしらは読んでくれたり
覚えていてくれたりする、
可能性の種が植えられるよな、と。

そういう感じで書いていたりするんです。

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